『子どもは神の子』という言葉を聞いたことがあるだろうか?
僕は、一人で「サウンド・オブ・フリーダム」という映画を一人で見に行った時に出てきた言葉が記憶に新しい。
この映画は、当時の世の中の支配者層が世に公開したくないという意志の元、圧力がかなり掛けられて、上映まで3年延びたということでとても印象的な最近の映画です。
まだ見たことがないという方は是非、U-NEXTやAmazon Primeで見れるようなので観て頂けたらと思います。
簡単に内容を説明すると、児童売買をする人たちを逮捕するという実話だ。
ある男の子を助けた時にお姉ちゃんも助けて欲しいという言葉を元に捜査官が、いくつも国を超え、潜入して助けようとしたストーリーだ。
映画館では涙をすする音が、四方から聞こえていた。
普段生活していて、平和そのものである日本では想像もつかない世の中が実際に現実として起きている。
僕たちは平和だからいいのか?
そうではないと思う。
まずは『知る』こと
それからだろう
僕は「自分さえ平和であれば良い」という考えではいられない。
・見たいものだけを見る
・聞きたくないことは聞かない
この精神性はあまりに未熟だと思う。
僕たちがこのような精神性であれば、子どもたちはどのような世の中を生きることになるのだろうか?
先に生まれた者としての務めかと思う。
戦争を経験しなくてもいい世代ではあるが、戦争を生き抜いた先祖たちや先人たちのお陰で平和な世の中を生きていられる。
でも、戦争というキーワードを忘れてしまうと、戦争が再度起きてしまう可能性は高まってしまう。
だからこそ、「戦争は起こしてはいけない」という理由もセットで伝えていくことが大切だと思う。
「サウンド・オブ・フリーダム」でテーマとなっている児童売買・・・。
これも戦争というキーワードと同じく、見て見ぬ振りや自分とは関係ないという考え方は変えていかないと、世の中から無くならないと思う。
だからこそ、多くの方に知って頂きたい。
もし、あなたがこの児童売買をされる子どもの立場を想像してほしい。
このような地獄・・・。
逃げたくても逃げ出せない・・・。
体験しなくても想像することは容易だと思う。
子どもはなぜ神の子なのか?
僕の感覚だが、純粋で人間社会に汚されていないからこそだと思う。
純粋な魂としての要素が強いと言える。
そして、人間として先に生まれた親を選んで生きているという視点での考え方から捉えるなら、親の氣付くべきズレがあれば、課題として体現してくれる。
具体例を出すなら、親が仕事、仕事に勤しみ過ぎた場合、子どもは寂しいという氣持ちから病氣などを現象として起こす。
結果として親は子どもに時間を費やす必要が生じて、子どもは現実化させることで心を満たすという感じだ。
この世は心が源だから、心に沿った言動が取れていなければ、ズレという修正点を明らかにする。
そして、これは子どもだけに限ったことではない。
純粋な魂だからこそ、同じ現象を起こすことができる存在がいる。
そう!!
【動物】だ。
言い換えるなら、子どもは大きくなるにつれて育った環境が大きく影響を与える。
これは動物にも当てはまらなくはないが、子どもの方が人間社会において動物よりも影響力が大きくなる。
そして、子どもの方が問題が様々な形で表面化しやすいともいえるが、動物は限られた範囲での行動なので、現実化する問題も限られている。
とはいえ、飼い主が動物の異変に氣付く基準値が高くないと見落としてしまう。
動物は弱点を隠してしまう。
その細かい異変に氣付けるということは、人間として優しい心が育まれているともいえる。
他者の氣持ちに敏感で思いやりを持てるという意味だ。
つまり、動物も子どもと同じように大切な存在ということを伝えたい。
全ての生命は大切にすべきという結論だ。
愛と義務の違い
子どもの感性には驚かされる。
決して侮ってはいけない。
言葉で説明したらから問題ない?
理解できていれば、良いという単純な問題ではない。
言葉ではなく、親の行動も純粋な目で捉えている。
子どもは親の真似をする。
これは、親から子へ、そして孫と子孫代々受け継がれていく流れにある。
あなたの行動はどこまでを見越しているだろうか?
例えば、毎日の料理。
義務として作るのか?
愛を持って子どものためを思って作るのか?
これは言葉ではなくても伝わってしまう。
相方の実例であるが、僕と付き合う前に彼女は結婚していた。
子どもは僕と年齢も近い。
ある時、相方と元旦那さんがそれぞれ料理を作った機会があるそうだ。
子どもは鋭い言葉で表現していた。
お母さんのご飯は愛の味がする。
だから美味しいと。
でもお父さんの料理は義務の味がする。
さて、これはどのような流れになるだろうか?
この違いを感覚的に見抜く感性は本当に大切であり、見逃してはいけない点なのは間違いない。
・親からの愛を受け取る子ども
・親からの義務を受け取る子ども
どのような子どもに育つだろうか?
【類は友を呼ぶ】という言葉にもある通り、子どもの人間関係にも大きく影響する。
それは即ち、問題が生じれば子どもから親へと避けられない問題として振りかかる。
愛を元とする関係性は、お互いの氣持ちを大切にするだろう。
つまり「心で繋がる関係性」ともいえる。
でも義務や責任を元にする関係性の場合はどうだろうか?
仕事での一時的な関係?
お金での一時的な関係?
関係性の繋がりは様々だろうが、ハッキリしていることは『心』では繋がれないということだ。
損得、利益関係であれば、裏切りも時には生じるだろう。
ウインウインの関係性である間は問題ないだろうが、どちらかが損する状態になった時、関係性は一気に破綻の方向へ流れるだろう。
しかし、『心』で繋がった関係性は違う。
損得関係ではないからだ。
損をしようがしまいが、相手のことを想っての行動がとれることは、
性別関係なく、理想の関係性ともいえる。
まとめ
愛ということは、人によって表現方法が異なるが、料理という点においては體(からだ)を育てるだけではない。
『心』を育む毎日の大切な要素だ。
仕事で疲れ果てている時・・・。
本当に難しいということは承知の上だ。
疲れている中、心を少しでも込めて愛を大切にする姿勢すら子どもには伝わっている。
それは、子どもが親を想う心として還ってくるでしょう。
見返りを求めることではありませんが、あなたが体現した【愛】という心は必ず誰かに伝わります。
愛を体現するには、心の浄化や純粋さがテーマですので、
すべての生命はもちろん、僕たちが生きていられる地球環境にも
大切にする心を忘れないようにしたいものです。
